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2010'12.10 (Fri)

縄文時代まで遡った「盛岡講演会」リポート(後)

I'm sorry. Please forgive me. Thank you. I love you.


さて、遅くなりましたが盛岡講演会レポートの最終です。

11月7日、盛岡講演会コーディネーターの久美子さんと私は秋田県鹿角市十和田大湯のストーンサークルと黒又山(クロマンタ)を訪問いたしました。

その黒又山の山頂にあるのが本宮神社(薬師堂)です。
本宮神社は、前九年の役で滅亡した安倍一族の一門の医者であり、薬草に造詣が深かった本宮徳次郎から名前が由来するようです。だから別名が薬師堂というのでしょう。

私と久美子さんが龍のように見えたものが何だったのか未だに謎です。また、久美子さんが摘んだ草は何だったのでしょうか。

さて、黒又山を後にして、鹿角市の「切田屋」さんでお蕎麦をいただくと「せっかくだからご案内したい地元の神社があるのです」と連れて来られたのが大日霊貴神社(おおひるめむちじんじゃ/地元では「大日堂だいにちどう」と呼ばれている)です。

有名な大日堂舞楽は秋田県内最古の歴史を持ち1300年を数えます。

大日霊貴神社

神社の造りから考えて、元々はお寺であったものを後に神社としたのだと思われます。
早速に大きな本堂の中にある本殿の前で祝詞を奏上させていただき、参拝をさせていただきますと、本堂の中にいるにもかかわらず、ざわざわと空気がうごめきます。

歓迎をしてくれているのでしょうか。


盛岡つなぎ温泉湖山荘門

さて、日没が近づいて来たので、盛岡つなぎ温泉のはずれの丘の上にある「湖山荘」へ向かいしました。
ここは、源泉かけながしの100坪の大露天風呂が有名な静かな宿です。

丘の上に孤立している宿なので、夜一人で露天風呂に入っているとちょっと怖いくらいです。

盛岡つなぎ温泉湖山荘庭園

地産地消の安全で美味しい和食を楽しみながら、温泉で疲れを癒しました。


後日、「盛岡つなぎ温泉」の歴史を調べてみたら、「前九年の役のとき、源義家(みなもとよしいえ)が安倍貞任(あべさだとう)を攻めた時、本陣を「湯の館」(現岩手県盛岡市繋温泉(つなぎ温泉)南方の山麓)に置いた」のが始まりとされています。

ここでも安倍一族が登場します。


盛岡つなぎ温泉湖山荘観音像

湖山荘は、ダム湖である御所湖(ごしょこ)を見下ろす場所に立っていますが、その湖側の庭に観音様の像が立っています。
湖山荘の初代のオーナーが難工事続きのダム建設で何人もの方が亡くなったことを痛み、観音様を建立したそうです。その観音様はダムの水門(発電所)の方を向いているとのことでした。


さて、翌朝湖山荘を後にして、久美子さんご推薦の早池峰神社へ向かうはずでしたが、湖山荘に泊まることが決まったときから、久美子さんが「湖山荘は全日空機雫石衝突事故の現場から近いのです」と何回も言うので、これは現場へ行かざるを得ないのだと感じました。

※全日空機雫石衝突事故
1971年7月30日[1]に発生した航空事故。全日本空輸の旅客機と航空自衛隊の戦闘機が飛行中に接触し、双方とも墜落した。自衛隊機の乗員は脱出に成功したが、機体に損傷を受けた旅客機は空中分解し、乗客155名と乗員7名の計162名全員が犠牲となった。全日空機が墜落した現場は「慰霊の森」として整備されている。


ところが、久美子さんが道に迷ってしまい、湖山荘から車で5分で着くはずが、1時間近く経っても着きません。

雫石慰霊の森

やっとの思いで到着したのですが、時間が足りなくなってしまい、現場への登山はできなくなってしまい、「慰霊の森」の石碑の場所で、ブルー・ソーラー・ウォーターを撒いて、犠牲者の冥福を祈らせていただきました。


そして、「慰霊の森」を出発し、最終的目的地である遠野の早池峰神社へ向かいしました。
ところがここでも寄り道をしてしまいます。

志波城全景

志波城の横を通過したので、つい車を降りて見学をしてしまったのです。

志波城門

※志波城(しわじょう)
岩手県盛岡市の西の郊外、現在の中太田・下太田にまたがる地域にあった古代城柵。志波城は、征夷大将軍坂上田村麻呂が胆沢地方において蝦夷の首長アテルイを滅ぼした翌年の延暦22年(803年)に、北上川と雫石川合流地近くに造営された。


やはり、縄文時代、弥生時代、蝦夷へと続く歴史のなかで、私とのご縁があった場所なのでしょう。


早池峰神社鳥居

そして、ついに早池峰神社に到着。

早池峰神社参道

大銀杏のある素晴らしい鳥居をくぐって、杉の大木の参道を歩きます。

神門を超えると本堂があり、祝詞を奏上して参拝をさせていただきました。

確かにパワーのある素晴らしい神社でしたが、前日の黒又山の圧倒されるようなパワーには及びませんでした。

早池峰神社神門


以上で、盛岡講演会のリポートを終わりますが、縄文時代は日本は気温が平均して2~3度高かったとのことで、東北地方が日本の中心であったという説があるくらいです。

ですから縄文時代の遺跡が次々と東北地方で発見されているのです。

東北地方の底力と歴史のロマンを感じた3日間でした。


I'm sorry. Please forgive me. Thank you. I love you.




ごめんなさい。
許してください。
ありがとうございます。
愛しています。

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