ホ・オポノポノ ヒューレン博士 ジョー・ヴィターレ ハワイの秘法 船井幸雄 豊かに成功するホ・オポノポノ 47番目の訪問地となった「長崎講演会」リポート

2010'10.21 (Thu)

47番目の訪問地となった「長崎講演会」リポート

I'm sorry. Please forgive me. Thank you. I love you.


10月16日の午後は、ヤクスギさんのコーディネートの下、長崎にて初の講演会『人生はクリーニング!』を開催いたしました。

長崎講演会

実は、47都道府県の中で私が生まれてから一度も訪れたことがない県が長崎県でした。その長崎県を私の人生の中で最後に訪問させていただき、講演をさせていただけたことに心から感謝しています。

「長崎は今日も雨だった」の歌にある通り、雨が多いことで有名な長崎ですが、私の滞在3日間、長崎はずっと快晴でした。私も「楽しみは最後にとっておく」ということで、長崎訪問をとても楽しみにしていたのですが、長崎も私をとても歓迎してくれたようです。


長崎訪問の初日は15日(金)でした。長崎空港に2時過ぎに到着すると、コーディネーターのヤクスギさんと優しいご主人が空港まで出迎えてくれました。

長崎中華街

「お昼を食べてない」と言ったら、早速長崎の中華街へ連れて行っていだき、ちゃんぽんの名店「江山楼」で本場の長崎ちゃんぽんをいただく。

長崎ちゃんぽん

これは旨い!

今までの長崎ちゃんぽんのイメージがすっかり変わってしまいました。アサリなどの魚介類のダシがしみ込んだスープが絶品でした。


続いて、長崎の中華街から近い場所にある浦上天主堂へ。

長崎浦上天主堂

浦上天主堂は、カトリック長崎大司教区の司教座聖堂(カテドラル・大聖堂)となっており、所属信徒数は約7000人で、建物・信徒数とも日本最大規模のカトリック教会です。

1945年8月9日、長崎への原爆投下により、爆心地から至近距離に在った浦上天主堂はほぼ原形を留めぬまでに破壊されました。主任司祭・西田三郎、助任司祭・玉屋房吉を始めとする天主堂にいた信徒の全員が死亡しています。

浦上天主堂被爆遺構

浦上天主堂正面左手表庭に、原爆で破壊された聖人の石像が並んでいます。右は聖セシリア像、中央はイエスの聖心像、左の像は頭部の破壊でわかっていません。

私は、静かに教会内に入り、祈りを捧げました。


長崎浦上教会の雲

教会を出て空を見上げると不思議な形をした雲が広がっていました。



長崎メトロ書店

そして、長崎では一番大きな書店であるメトロ書店本店(長崎駅に隣接する「アミュプラザ長崎」3階)でのサイン会へ向かいます。

長崎サイン会2

実は、講演会のサポートをしてくれている綾子さんは、メトロ書店の3代目のお嬢様なのです。

長崎サイン会

サイン会と翌日の講演会で、合計52冊の本が売れたそうです。
サイン会に来ていただいた長崎のみなさん、本当にありがとうございました。
また、ご協力いただいた綾子さんを始めとするメトロ書店の皆様ありがとうございました!!


サイン会の後、広島から応援団として到着した一也くんも合流し、綾子さん、ヤクスギさん、一也くんと4人で、アミュプラザ長崎の5階の「皇上皇」へ。

こちらで、ちゃんぽん、皿うどんを始めとする様々な中華料理をいただきました。



翌朝は、ヤクスギさん、ご主人、一也くんと4人で長崎市内の観光へ。


大浦天主堂

まずは、長崎が誇る最古のキリスト教の教会である大浦天主堂へ行きました。
大浦天主堂は、キリスト教徒発見の舞台としても有名です。

日本は当時まだ禁教令下にありましましたが、フランス人のために1864年(元冶元年)大浦天主堂が完成しました。翌年1865年2月17日、ジラール教区長により天主堂は「日本26聖人殉教者天主堂」と命名、献堂されました。それから一ヶ月後の3月17日、当時「フランス寺」と呼ばれていた天主堂に、珍しい西洋風の建物を一目見ようと、見物人が大勢来ていましたが、その客にまぎれて、浦上の隠れキリシタンたちがやって来ました。そして聖堂内で祈るプチジャン神父に近づき、「ワタシノムネ、アナタトオナジ」、つまり、私たちもあなたと同じ信仰をもっています、とささやいて信仰告白した後、「サンタ・マリアの御像はどこ?」と尋ねました。そこで、プチジャン神父は大喜びで彼らをマリア像の前に導いたのです。こうして、プチジャン神父によってキリスト信者が発見されました。その後、五島、外海、神の島など長崎県の各地から、また、遠くは福岡県の今村からまでも、うわさを聞きつけたキリシタンたちが名乗りをあげにやってきたと言われています。


ところが、これが新しい悲劇の引き金となります。

1870年(明治3年)、明治政府は長崎県浦上地方のキリシタン約3700人を逮捕し、各藩預かり(事実上の投獄・幽閉)とするのです。

金沢藩では516人の隠れキリシタンを幽閉いたしました。1873年、国際的な非難からキリシタン明治禁制を廃止し、故郷への帰順を許しますが、この間の餓死・病死などの死者数は104名にのぼったそうです。


私は、今年5月の金沢講演会の際に、金沢で亡くなった104名の長崎隠れキリシタンの碑を偶然に訪れています。

※詳しくはこちらのブログの記事「長崎へと繋がった金沢での3日間」をお読みください
↓↓
http://oponopono.blog64.fc2.com/blog-entry-310.html


大浦天主堂拡大

私は、隠れキリシタンの受難に想いを寄せながら、静かに教会に入り、祈りを捧げました。

大浦天主堂の雲

教会を出て空を見上げると、また不思議な形をした雲が広がっていました。



続いて、大浦天主堂そばのグラバー邸へ。

※トーマス・ブレーク・グラバー
幕末の日本で活躍したスコットランド出身の商人。坂本龍馬の亀山社中とも取引していたことでも有名。


グラバー邸にて
ヤクスギさん、ご主人、一也くん

グラバー邸のハートの石
グラバー園内には「カップルでこのハートの石に手を重ねると幸せになれる!」「意中の相手を想いハートの石に触れて願いをすれば相手に想いが伝わり恋が叶う!」など、恋愛に関する伝説のハート型の石が石畳の中に埋め込まれています。


続いて、出島へ。

出島

鎖国時代の日本に想いを寄せます。



そして、講演会場のブリックホール近くの「江山楼・浦上店」にて、24時間以内で3回目のちゃんぽんを食べました(笑)



長崎講演会拡大

さて、長崎講演会には、広島から一也くん、兵庫からスイスさん、大分からぶーぶーさんなど県外からの応援団の方も参加して、合計39名の方が集まりました。

綾子さんが堂々とした司会を行い、メトロ書店から本の出張販売もしていただきました。

39という数字は「あなたは、アセンデッド・マスターに助けられています。彼らは、あなたが今すぐ人生の目的に取り組むように、強く励ましています」という意味です。【ドリーン・パーチュー『エンジェル・ナンバー実践編』より】





講演会終了後、綾子さん設営の下、14名の方が参加して、イタリアレストラン「ヴィヴァ―チェ」で懇親会が開催されました。料理がとても美味しかったです。

そして、長崎の喫茶店の老舗「ひいらぎ」で2次会が開催されました。懇親会に参加できなかった方が後から後から参加して、解散したのが10時半過ぎになっていました。


さらには、有志で長崎の百万ドルの夜景を見に行こうということで、稲佐山という山の展望台へ車に分乗して登りました。

百万ドルの夜景とは、長崎・神戸・函館の夜景を指すそうですが、なぜ横浜の夜景がないのかと考えていましたら、横浜には高い山がない(丘しかありません)ことに気がつきました。他はみんな山があり、ロープウェーがあるくらいなのです。


ということで、長崎の夜景を堪能し、ホテルへ戻ったのが12時近くになってしまい、久しぶりに夜更かしをしてしまいました。

47都道府県の中で、最後の訪問にとっておいただけのことはある、楽しく盛り上がった長崎滞在となりました。


コーディネーターのヤクスギさん、長崎のみなさん、本当にありがとうございました!!


I'm sorry. Please forgive me. Thank you. I love you.




ごめんなさい。
許してください。
ありがとうございます。
愛しています。

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Comment

トントン様は、引き寄せのパーティーを大人の遊びと称して、執着ではない、とおっしゃっていますが、2008年の引き寄せのパーティーでベストセラー作家になって全国で講演するように振る舞い、既に、実現したそうですが、ホ・オポノポノでは、願望や期待を持つことは、その趣旨に反するのではないでしょうか。
人間誰しも願望があり、実現したいのですが、それを持たず、ひたすらクリーニングすると、自然と、道が開けるのではないですか。
ポノオ | 2010年10月22日(金) 07:34 | URL | コメント編集

老婆心ながら…(男ですが)

とんとんさん、初めまして。

このブログに出会ってから、私も毎日クリーニングを心がけています。
書店で「ホ・オポノポノ」を見かけるようになってから
「何だろう?」と、ずっと気にはなっていたのですが、
まだ書籍は、購入していないのです(ごめんなさい)。

ところで、揚げ足を取るような指摘で心苦しいのですが、
本文中に

>1973年、国際的な非難から

と、ありますが、これは1873年の間違いですよね。
余計な事かなぁ~、と思いながらも
読むたびに気になりましたので、メールさせていただきました。
ごめんなさい。
かんやん | 2010年10月22日(金) 08:38 | URL | コメント編集

Re: タイトルなし

> トントン様は、引き寄せのパーティーを大人の遊びと称して、執着ではない、とおっしゃっていますが、2008年の引き寄せのパーティーでベストセラー作家になって全国で講演するように振る舞い、既に、実現したそうですが、ホ・オポノポノでは、願望や期待を持つことは、その趣旨に反するのではないでしょうか。

まず誤解があるようですが、引き寄せパーティの趣旨は「願望」や「期待」をパーティで述べ合うためのものではありません。2時間限りで5年後の状況をイメージして振る舞うのが趣旨です。願ったり、期待するパーティではないのです。

ホ・オポノポノを知るまでは、引き寄せの法則のセミナーを開催していましたが、その時の私のセミナーの最大のポイントは「願望を手放し、執着しないこと」でした。

ですからホ・オポノポノと何も矛盾することはないのです。

もう一度言います。
「願い続ける」と実現しません。

これが「引き寄せの法則」の奥義で、ホ・オポノポノとも何ら矛盾いたしません。


> 人間誰しも願望があり、実現したいのですが、それを持たず、ひたすらクリーニングすると、自然と、道が開けるのではないですか。

ホ・オポノポノはゼロになるためのものです。
「~してはいけない」というのも執着ですょ。

私は「ホ・オポノポノのクラスを横浜で開催する」ということを願い、ひたすらクリーニングしていました。ご存じのように昨年それが実現いたしました。

それはいけないことなのでしょうか。

「願望」を持つのはいけない、よくないということではなく、「願望」があるのならそれをクリーニングしないさいということではないでしょうか。
河合政実(とんとん) | 2010年10月22日(金) 13:47 | URL | コメント編集

Re: 老婆心ながら…(男ですが)

> とんとんさん、初めまして。
>
> このブログに出会ってから、私も毎日クリーニングを心がけています。
> 書店で「ホ・オポノポノ」を見かけるようになってから
> 「何だろう?」と、ずっと気にはなっていたのですが、
> まだ書籍は、購入していないのです(ごめんなさい)。

ありがとうございます。
図書館にもありますので、是非読んでみてください。

> ところで、揚げ足を取るような指摘で心苦しいのですが、
> 本文中に
>
> >1973年、国際的な非難から
>
> と、ありますが、これは1873年の間違いですよね。
> 余計な事かなぁ~、と思いながらも
> 読むたびに気になりましたので、メールさせていただきました。
> ごめんなさい。

ありがとうございます。
訂正させていただきました。

最近こういうコメントをよくいただくのですが、本当に有難いですね・・・
とても助かります。
河合政実(とんとん) | 2010年10月22日(金) 13:49 | URL | コメント編集

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