ホ・オポノポノ ヒューレン博士 ジョー・ヴィターレ ハワイの秘法 船井幸雄 豊かに成功するホ・オポノポノ 2010年08月08日
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2010'08.08 (Sun)

河合家のクリーニングとなった「岐阜講演会」レポート

I'm sorry. Please forgive me. Thank you. I love you.


8月7日の夕方は、古香凛さんのコーディネートの下、岐阜での講演会『人生はクリーニング!』を開催いたしました。

岐阜講演会

岐阜は、河合家の発祥の地であり、私にとってはとても意味深い場所です。

この日は、岐阜県民の一大イベントである長良川花火大会の日にあたり、今回の参加者は30名ということで比較的小規模な講演会となりましたが、内容はとても濃かったと思います。

30という数字は「あなたは、神とアセンデット・マスターから全面的に支持されています。夢に向かって自信を持って踏み出しましょう!」という意味です。【ドリーン・パーチュー『エンジェル・ナンバー実践編』より】




講演会終了後、懇親会に参加するメンバーで、「岐阜シティ・タワー43」の最上階43階より長良川花火大会を鑑賞いたしました。

岐阜講演会・懇親会

その後、懇親会場へ移動し、楽しくも有意義な岐阜の夜をみんなで楽しみました。



さて、翌日、古香凛さん、葉奈さん、悦子さんと4人で、まず美濃の一宮である南宮大社を参拝させていただきました。

南宮大社・大鳥居

南宮大社は、古くは壬申の乱、そして天下分け目の関ヶ原の戦いに登場する神社であり、関ヶ原の戦いでは戦火により焼失しています。

壬申の乱(じんしんのらん)
672年に起きた日本古代最大の内乱であり、天智天皇の太子・大友皇子に対し皇弟・大海人皇子(後の天武天皇)が地方豪族を味方に付けて反旗をひるがえしたものである。反乱者である大海人皇子が勝利するという、例の少ない内乱であった。


南宮大社・本殿

巨大な大鳥居を車で通り抜け、本殿に参拝し、祝詞を奏上させていただきました。

すると不思議なことに、そよ風という生易しいものではなく、力強い風が突然吹き寄せてくるではありませんか? それは私が祝詞を奏上し、祈りを捧げている間ずっと吹いていたのです。

念のため事実を確認した方がいいだろうと思い、一緒に参拝していた古香凛さん、葉奈さん、悦子さんに確認したのですが、やはり「強い風が吹いていた」と3人とも言うのです。

参拝を終え、車に乗り込み、次に河合家のルーツである関市上之保川合をナビに設定し、出発いたしました。私は、南宮大社へ岐阜から来た道のりを当然引き返すかと思ったのですが、ナビが別のルートを指していたので、それに従いました。すると気づかぬうちに関ヶ原の合戦の激戦地を通ることになってしまいました。

私も明確に感じましたが、ちょっと敏感な古香凛さんも何かが身体にまとわりつくのを感じたようでした。私は、クリーニングをしながら、迷っているものたちを光の方へと導かせていただきました。


さて、一路、岐阜県関市へ車は向かいます。
(現在は関市に編入されていますが、市町村合併前は「武儀郡上之保村大字川合」でした)

古香凛さんが事前に地域のホームページを調べたところでは、関市上之保川合に「栄屋」という鰻屋さんがあり、そこのご主人が河合さんという方で「とんとんさんに顔が似ている」とのことでした。

そこで、関市上之保川合の「栄屋」にまず向かいました。この街道は通称「うなぎ街道」と呼ばれ、あちらこちらに鰻屋さんが立ち並んでいます。

ちょうどお昼ごろに「栄屋」に到着し、鰻丼を注文いたしました。この旧武儀郡の観光案内のパンフレットを見ると、この「栄屋」は宿泊もできるようです。そして、どうも川合には、料理屋らしいお店はここだけしか載っていませんでした。

川合村栄屋の鰻

父の妹である田園調布に住んている叔母に電話すると「川合村ではいつも料理屋さんに泊めてもらっていた」と言うではありませんか。

そこで、鰻丼をいただいたところで、お店の方に「横浜の河合と言って、祖父がこちらの出身なのですが、ご存じありませんか? 以前にここに私の父や叔母が泊めていただいたことがあるようです」当てずっぽうで言うと、「ああ、横浜の河合さんですね・・・おばあちゃんから聞いたことがあります。昔はお墓を守っていたようですが・・・」とのことで、まずはびっくりです。

その方は、父や叔母が親しくしていた先代の息子さんのお嫁さんだということがわかったのでした。

「お墓の場所はわからないのですが、お墓のあるお寺ならその先の中学校の裏手にあります」


そこで、お寺へ向かったのでした。
お寺の名前は「南陽禅寺」という名前でした。

川合南陽禅寺

川合白山神社
お寺の横にある白山神社(白山比神社とご縁があるわけです)

私がお寺の玄関に入って「ごめんください!」と言うと、奥の方から中年の女性が出て来ました。私が「実は私は河合家の子孫で、35年振りに河合家の墓参りをしたいと思い横浜から出て来ました。祖先のお墓を探しています」と言うと、「ではお婆ちゃんを呼んできます」と言って、今度はお年寄りの女性が奥から出て来ました。

「横浜の河合さんですね・・・よく存じ上げております。先代の住職は確か横浜の家にお邪魔したと思いますが・・・」

なんとその方は、今でも横浜に住む伯母と年賀状のやりとりをしていると言うのです。

川合南陽禅寺・石柱
祖父が寄進したお寺の石碑

「お墓の場所ははっきりとわからないのですが、山の方にあると思います」

ということで、お寺の奥の丘を登ります。


山道を歩くうちに突然胸が痛くなって来た。心筋梗塞になったというのではなく、何かのメッセージだとすぐに感じたのです。あの角を曲がるとお墓があるに違いない・・・私には確信がありました。

すると突然丘の斜面に墓地が見えるではありませんか。

その中から河合家の墓石を探します。35年前の8ミリビデオで、祖父を分骨したときの様子を見た記憶を手繰り寄せながら・・・。さすが川合だけあって、墓地のほとんどの墓石が「河合家」ばかりです。

いつしか胸の痛みは消えていました。


川合河合家祖先の墓

そして、ついに見つけたのでした。

河合家の祖先の墓石が20ほど並びます。その中心に祖父と祖母と叔父の名前が刻まれたものがあったのです。

川合祖父母の墓

まずは、持っていたブルー・ソーラー・ウォーターをすべての墓石にかけさせていただきました。
そして、悦子さんが用意してくれたお線香をあげさせていただきます。

祖先の声だろうか・・・「政実よくやった。待っていたぞ!」という声が聞こえたのです。
瞼に熱いものが込み上げて来ました。


墓参りを終え、墓地のある丘の斜面を下ると後ろから心地よい風が突然吹いて来ました。思わず4人で顔を見合わせます。「河合さんのご先祖様がありがとうと言ってますね・・・」とヒーラーの葉奈ちゃんが言いいます。


本当にそうです。

川合村・道の駅
葉奈さん、古香凛さん、悦子さん(左から道の駅「平成」にて)

しかし、私の墓参りのために、川合まで着いて来てくれた古香凛さん、葉奈さん、悦子さんとのご縁は普通ではないように感じました。


過去に何があったのでしょうか。

でも、今はもう知る由もありません。



I'm sorry. Please forgive me. Thank you. I love you.




ごめんなさい。
許してください。
ありがとうございます。
愛しています。

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