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2012'04.03 (Tue)

亡き父、母、兄からのメッセージ

I'm sorry. Please forgive me. Thank you. I love you.


私は、毎朝仏壇にお線香をあげています。

32年前に亡くなった母。
29年前に亡くなった父。
そして、3年前に亡くなった兄に対してです。

お線香をあげながら、心の中で「お父さん、ありがとう、愛しています。お母さん、ありがとう、愛しています。お兄ちゃん、ありがとう、愛しています」と言って、クリーニングをしています。

そして、その時に何か浮かんでくる記憶がある時は、その記憶をクリーニングしているのです。


私は、家族のクリーニングは、とても重要なことだと思っています。

なぜなら今生の人生で起きて来る出来事のほとんどの記憶の原型は、家族との記憶のなかに存在しているからです。

成人してから人生に起きて来ることは、そのほとんどが原型の記憶の再生であると言っても過言ではありません。


「過去世で犯した罪をつぐなわなければ幸せになれない」と過去世に囚われている人がいますが、私は、ナンセンスだと思います。

過去世を含めたすべての記憶が潜在意識の中にあるわけで、その記憶の再生によって、今生に様々な事象が起きてくるのです。ですから、今生の人生に起きていることをだけをクリーニングをすればそれで十分なのです。

過去世は参考程度でよいのではないでしょうか。

ある過去世を無理やり引っ張り出して、クリーニングすることにはさほど意味があるとは思えないのです。むしろ、その過去世の部分だけが強調されてしまい、今生における本来のその人のあるべき姿からずれてしまうのではないでしょうか。


それよりも、何よりも大切なのは、家族の記憶のクリーニングなのです。


先日のこと、いつものように父にお線香をあげて、『お父さん、ありがとう。愛しています』と心のなかで言っていると、お金のことで質問したくなっている自分がいることに気づきました。

「お父さん、未だに僕は、お金の記憶で苦労しています」

父は、何も答えません。


父は、ワンマンな2代目の経営者でした。
超堅実な経営とシビアな支払いで、大きな財を成した人です。

支払いに関して、父はとても厳しい交渉をするものですから、時に相手の人が泣いたり、怒ったりするのを子供時代から私は見ていたので、私はお金に対して、とてもネガティブな記憶がありました。

「お父さん、お金とは一体何なの?」

「お金とは愛だよ」と父。

お金の記憶で、いつも悩まされていた私にとって、とても衝撃的な言葉でした。

かつて、お金のことを憎んだり、トラブルの元だと思ったり、人を不幸にする原因だと考えたりしていた私にとって、思いもよらぬ言葉でした。


続いて、お母さんにお線香をあげて、『お母さん、ありがとう。愛しています』と心のなかで言っていると、今度は母に話かけている自分がいました

「お母さんは、僕に何を教えたかったの?」

母は、私を生んでから亡くなるまで、そのほとんどを精神病院で過ごすという哀しい人生を送った人でした。その結果、私は、いつも母親の愛情に飢え、とても寂しい子供時代を送ることになったのです。

「この世の中には『愛』と『愛と対極にあるもの=愛が大切であると想い出させてくれるもの』しかない、つまり『愛』しか存在していない。そのことを知ってもらいたかったの」と母。


母がいなかったおかげで、私はとても愛に飢えて育ちました。
確かに“愛の大切さ”を肌に感じて育ったのです。

寂しい子供時代は、そのためにあったのか・・・。


最後に、3年前に亡くなった兄にお線香をあげました。

兄は、35年間統合失調症でした。医師からは「絶対に治らない」と言われていました。
なおかつ、32年前の自殺未遂により、両足を失い、それからずっと車椅子の生活をしていました。

「お兄ちゃん、ありがとう。愛しています」

「僕は、ずっと政実の鏡の役目をしていたんだよ」と兄。


統合失調症という病気はとても人をシンプルにします。
私の心が乱れていると兄も乱れていました。
私の心が平和であれば兄も平和でした。

『人生は自分の心の投影である』ということを、兄は身をもって教えてくれていたのです。



家族との記憶で苦しんだと思っていた自分。
でも、それはすべて家族からの贈りものだったのです。


そして、私は、今、とても家族を身近に感じています。
生きていた時よりも、家族をずっと近くに感じています。


お父さん、ありがとう。愛しています。

お母さん、ありがとう。愛しています。

お兄ちゃん、ありがとう。愛しています。


これからもヨロシクネ!
                 

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2012'03.25 (Sun)

絵本『あいしているよ』

I'm sorry. Please forgive me. Thank you. I love you.


日記の方が久しぶりになって、読者の皆さまには大変申し訳ありません。
また、コメントへの返信もなかなかできずごめんなさい。


今日は、素晴らしい絵本をご紹介したいと思います。

私のセミナー『エグゼクティブセミナー』卒業生のたかやまあゆかさんが書いた『あいしてるよ』です。


あいしてるよ


親の記憶は、その人の人生を大きく左右します。
子供時代の親の記憶が人生を決定づけると言っても過言ではありません。


親から愛されなかった。
憎まれていた。
暴力をふるわれた。
親の顔を知らない。

逆に、干渉されて苦しかった。
いつもいつも心配されるのが嫌だった。


そういう記憶に苦しんでいる人がたくさんいます。
かつての私もそうでした。

私は、長い間、父と母の記憶に自分の人生を支配されて生きていました。


たかやまあゆかさんの『あいしてるよ』は、読むだけで、そんな氷のような記憶を溶かしてくれます。

涙が止まらなかった人は、是非ご両親のクリーニングを続けてくださいね・・・。

そんなことを教えてくれる絵本です。


以下、あゆかちゃんからのメッセージです。

~。.*。..。~*.。...

あなたは 生まれてきた日のことを おぼえてる?

とっても とっても 愛されながら 生まれてきた日のことを。

そのひから ずっと ずっと あなたに休むことなく 贈りつづけられている 愛を あなたはしってる?

もし そのことを わすれちゃったときは いつでも この絵本を読んでね♪

~。.*。..。~*.。...

生まれてきてくれて
ありがとう

生んでくれて
ありがとう

すべてのひとが
子であり 親である事を
思い出して いただけますように

~*~.。。.。~*。。.

この絵本を お子さんに 読んであげてほしいなって思います。
それから あなた自身にも読んであげてほしいな。
きっと あなたの中の 小さなあなたが 聞いてくれている はずだから^^







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2012'01.07 (Sat)

父の愛

I'm sorry. Please forgive me. Thank you. I love you.


昨年の後半から「父親をクリーニングしなさい」という声が何度も聞こえていました。

私は、その声に気づきながらも無視していましたが、ついにお金に関するクリーニングすべき大きな事件が10月の新月の頃に起こり、もはや待ったなしの状態になっていたのです。

新年を迎え、1月5日からハワイ島へ行く予定がキャンセルとなって、ぽっかりと時間が空いた私は、昨日改めての父のことに向き合うことにいたしました。


父は、成功した会社の2代目の経営者で、大変な資産家でした。
私が小学校5年生の時に、父は、自らデザインした街一番の大きな屋敷を建て、私たち家族はそこに引っ越しをしました。

父の自慢の大きな家に引っ越しして、何ヶ月か経ったある日の夕方のことです。

玄関のチャイムが鳴り、私がドアを開けると、スポーツ刈りの頭をして、グレーのジャージを着た中学生の男の子がドアの前に立っていました。

新聞配達の少年が集金に来たのです。


父は、毎日5時15分頃になると家に帰って来て、2階へ登って濃紺の浴衣に着替えます。

「お父さん、新聞の集金だよ」と私が1階から叫ぶと、父が浴衣の帯を締めながら階段を降りて来ました。

玄関で少年に応対した父は、笑い顔ひとつ見せずに、少年にこう言ったのです。「先週の木曜日に夕刊が入っていなかった。だからその分の代金30円を差し引いて払う」

「そんなこと僕に言われても困ります。僕はただ集金に来ただけなんです。ちゃんと払ってください」と少年は泣きそうな顔で父に言います。

「ダメだ。入っていなかったものは払えない。そう言えば、その前の週も入ってなかった。そんなことを言うんだったら、2回分の60円を引いて払うぞ」父はさらに冷たく少年に言います。

「そんなの困ります。だったら、もう、自分で払います」と少年は言って、自分のポケットから30円を取り出すと、それを父から渡されたお金に足して集金袋の中に入れたのです。

少年の目からみるみる涙が溢れだし、玄関のドアをパタンと閉めて、逃げるように少年は、走って帰って行きました。


私は、その少年が泣きながら帰って行く後ろ姿を見てこう思いました。

「お金ってなんて汚いのだろう」
「お金は人を不幸にするものだ」

そして「父のような大人には絶対にならないぞ」と心に決めたのでした。


それから、十数年の月日が流れ、私は24歳となり、大学を卒業して大手銀行に就職しました。

その年の春に、父は、59歳の若さで腎臓癌で亡くなり、私は24歳で父の後を継いで、会社の社長となったのです。


しかしながら、私は、父と正反対の性格になってしまいました。
父は、真面目で慎重な倹約家でした。私は、冗談が好きな冒険好きの浪費家です。

小学校5年生の時に、無意識に、心の底で感じたこと、決意したことが文字通り現実化したのです。

「お金は汚ない」「お金は人を不幸にする」という思いから、私は、無意識のうちに、お金を持っていられなくなってしまいました。つまり、お金を貯金することが全くできない人間になってしまったのです。

お金はすべて使ってしまわないと、つまり浪費してしまわないとどうしても気がすまないのです。そして、友人はもちろんのこと他人にわけもなくご馳走をしたり、無理をして多額の寄付をしたりすることを好むようになったのです。

父が亡くなったときに、父は私に10億円という遺産を残してくれたのですが、わずか5年でその遺産をすべて使い果たしてしまいます。それどころか、今度は反対に借金がどんどんと膨らんでいったのです。


お金に対するブロックは、この小学校5年生の時の記憶の再生が原因だったのです。

30歳の時に自己啓発セミナーを受けて、この記憶が私のお金のブロックの原因だと気づき、借金の金額はそこで止まりましたが、借金はすでに10億円を超えていました。(まだ数億円の借金が残っています)



ホ・オポノポノを知ってから、ずっと父の記憶のクリーニングを続けてますが、そのおかげでしょう、借金は劇的に減少をしています。

しかし、まだまだ完了できていないという自分がいました。


そして、昨日、仏壇に手を合わせて、父のクリーニングをしていた時に、40年前の父の愛が伝わって来たのです。


「政実。俺は、お前にお金の大切さを教えたかったんだよ。だから、敢えてああいうことをお前の目の前でしたんだよ」

「あの少年には、厳しいかもしれないが、社会のルールというものを伝えたかったんだ」


父の心は、小学校5年生の私には伝わりませんでした。
しかし、52歳の私に、今、伝わったのです。

父が悪かったわけではありません。
私が悪かったわけでもありません。
ましてや、あの少年が悪かったわけでもありません。

すべての物事は、完璧なタイミングで伝わるのです。

今の私に、父の心を受けとめる準備が出来たので、伝わったのです。


父の愛を受けとめるのに、40年以上の歳月がかかりました。
でも、それも地球の長い歴史の中で見れば、瞬きするような時間です。


お金の大切さ、身に染みて、よくわかりました。



ずっと「父を乗り越えよう、乗り越えよう」としていました。
もっと「父の上に行こう、上に行こう」としていました。


父との比較ばかりをしていた自分がいました。
そんな必要はないんですよね。

父は父。
わたしはわたし。


偉大な父でした。
経営の天才でした。


お父さん、ありがとう。
愛しています。


私は、偉大なお父さんの子です。
そして、わたしはわたしです。



I'm sorry. Please forgive me. Thank you. I love you.



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2011'12.24 (Sat)

母の大きな愛

I'm sorry. Please forgive me. Thank you. I love you.


今日は、クリスマス・イブですね。

私は毎年クリスマスに七面鳥を焼いています。

今朝、横浜の伊勢佐木町にある梅屋という老舗の鳥専門店で、七面鳥を買って来ました。
これから料理をするところです。


さて、話は遡りますが、今年の7月のことです。

家内、社会人一年生の長女、高校2年生の長男、そして私の4人で、横浜駅西口で外食をしていました。


すると長女が突然こう言ったのです。

「パパは今でこそ、こうやって家族で食事に行ったり、家で料理を作ったりしているけど、私が子供の頃は家にいなかったよね!」

それを聞いて、私は、はっといたしました。


現在、私は、“自愛”をテーマとする、オリジナルセミナーのトレーナーをしているので、たくさんの方から人生相談を受けることがあります。

「父親が家にいなかった」「父親から愛されなかった」という子供時代の記憶がどれほど、子供の心を傷つけるのか、生きる上で様々な心のブロックの原因となるのか、ホ・オポノポノで言うところの記憶の再生の原因になるのか、ということがよくわかっているので、「ああ、とんでもないことを私はしてしまったんだろう・・・」と深く反省をしたのです。



翌日も、私は、長女との会話を想い出して反省をしていました。
そして、あることに気づいたのです。

確かに長女から見ると「父親に愛されなかった」という記憶になっていますが、私は、どんなに家に帰るのが遅くても、出張ばかりで家を留守にしていたとしても、それでも長女や長男のことを愛していないということはなかった、ということに気づいたのです。

私が、ずっと子供たちのことを愛していたのは紛れもない事実なのです。


そこで、さらに、また、はっとしたのです。

それは、母のことです。

私は、ずっと“母親に愛されなかった”という記憶に苛まされていました。
母親のことは、ずっとクリーニングを続けていましたが、どうしても最後のところで、クリーニングが完結できていない気がしていました。

両親のクリーニングは、言わば、玉葱の皮を剥くようなものです。
クリーニングが出来たと思っても、また、次の皮(記憶)が出て来るのです。小さくはなるのですが、終わりがありません。


私の母親は、その人生のほとんどを精神病院で過ごしていました。

私が子供の頃は、母がずっといなかったので、いつも寂しい思いをしていました。母親の愛情にいつも飢えていました。

頭では、病気だったのだから仕方がない、と思っていても、やはり心のどこかで、自分は母親から愛されなかったという寂しい記憶が出てくるのです。


私は、長女との会話から、母親の気持ちをやっと理解することが出来たのです。
“母に愛されなかった”というのは、単なる私の記憶に過ぎないということに気づいたのです。

確かに、母は家にはいませんでした。

ですが、精神病院に入院しながらも「ああ、政実はどうしているかなあ」「政実は、大丈夫かしら」と私のことを思っていてくれたのに相違ないのです。

私のことを愛していてくれたはずなのです。

そうなのです。
私の“記憶”と“事実”は異なるのです。

それに気づいた瞬間に“母親に愛されなかった”という記憶が完全に消去されたのです。


精神病院にいながらも、ずっと私のことを愛してくれていた母。

それに気づかず、ずっと心のなかで「どうして愛してくれなかったの」「どうして寂しい思いをさせたの」と母を責める私がいました。


すべての記憶が溶けていった瞬間でした。


お母さんのことを責めてごめんね。
僕は、愛されていたんだね。

お母さん、ありがとう。
愛しています。



私は、今、母の大きな愛に抱かれていいます。

メリー・クリスマス!!



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2011'09.18 (Sun)

河合家の夏休み2011

I'm sorry. Please forgive me. Thank you. I love you.



さて、ちょっと話は遡りますが、8月2日(火)~4日(木)まで、夏休みをとりました。

元々は、家族4人で高知へ旅行に行こうということだったのですが、長女が社会人になったばかりで休みを合わせることができず・・・、高2の長男が学校の合宿で行かれなくなり・・・、ということで、家内と2人で高知へ旅行に行くことになりました。


目指すは、去年11月の土佐清水講演会で、すっかり気に入った足摺岬近くの温泉リゾート「海癒」です。
しかし、火曜日が肝心の源泉を薪で焚くお風呂が休みということで、2連泊を断念し、他の温泉宿を探すことにいたしました。

そこで、想い出したのが、高知講演会のコーディネーターのかっちんと日帰り入浴に行った高知市の北のはずれにある、土佐山温泉の「オーベルジュ土佐山」です。

結構人気な宿で、県外からの宿泊客が多いと聞いていたので、2週間ほど前で夏休みの予約ができるか心配だったのですが、「一休.com」で1部屋だけ空いていて、うまく予約することができました。


8月2日は、早朝に羽田を発ち、9時前には高知空港に到着いたしました。

すぐにレンタカーで、高知県の東のはずれの室戸岬へ向かいました。

室戸岬には、弘法大師が修行中の住居としていた御厨人窟(みくろど)と、難行を重ねたと伝えられる神明窟(しんめいくつ)の二つの洞窟が国道55号線沿いに並んであり、「そこに行きなさい」という声が聞こえたのです。


室戸岬まで、高知空港から車で約2時間かかりました。

目的地である室戸岬の御厨人窟近くに着いたところで、景色のいい海を見よう思い、車を降りたところが、灌頂ヶ浜という磯浜でした。全くの偶然でしたが、実は、そこが弘法大師ゆかりの地だったのです。

月見ケ浜

※灌頂(かんじょう)
主に密教で行う、頭頂に水を灌ぎ、正統な継承者とする為の儀式。弘法大師は19歳を過ぎた頃から山林での修行に入り、御厨人窟で修行をしている時、口に明星が飛び込んできて悟りを開いたという。そして、この室戸岬の灌頂ヶ浜で正当な継承者となるための儀式である灌頂の会式を行った。


波の荒々しい磯浜ですが、心が洗われるような清らかな浜辺で、弘法大師がこの地で灌頂の会式を行うのもうなずけます。


そして、いよいよ目的地の御厨人窟(みくろど)と神明窟(しんめいくつ)へと向います。

御厨人窟
御厨人窟

神明窟
神明窟

御厨人窟は平安時代初期、当時青年であった弘法大師がこの洞窟に居住したと伝えられている。この洞窟から見える風景は空と海のみで、ここから「空海」の法名を得たとされる。 また、神明窟で難行を積んだと伝えられる。難行の最中に明星が口に飛び込み、この時に悟りが開けたと伝えられている。


御厨人窟と神明窟の参拝を終え、せっかく室戸岬まで来たのだからと、灯台へ行くことにいたしました。

室戸岬灯台


そして、今度は一挙に高知市へと向い、ポノラーの今井知子さんのオーガニックカフェのロハスで昼食をとることにいたしました。と言っても着いたのがもう3時近くでした。

相変わらず、クリーニングの行き届いた空間で、とても気持ちのいいカフェで美味しいオーガニックのランチをいただきました。聞けば、不定期営業で、1カ月のうちに2週間しか営業しないとのこと。事前に予約したわけでなく、いつも入れるのはどういうことなのでしょうか。


そして、今日の宿泊地であるオーベルジュ土佐山へと向いました。

オーベルジュ土佐山部屋からの景色

オーベルジュ土佐山部屋

静かな里山の中に佇む1軒宿で、大人の隠れ家のような創作和食のオーベルジュですが、「何もしない贅沢を楽しむ」ことをコンセプトにしているので、部屋には時計やテレビがありません。


オーベルジュ土佐山吊り橋
離れと本館を結ぶ吊り橋

オーベルジュ土佐山夕食
2人で102歳のカップルです(笑)


温泉には、露天風呂があり、土佐山の大自然を堪能できます。頭の真上の緑の楓を見ながらの露天風呂は最高の気分です。

料理は、オーガニックの創作和食料理で、本当に美味しかったです。


このオーベルジュ土佐山に高知県の講演会のコーディネーターをずっとしてくれていたかっちんが尋ねてくれました。僕と出会ってから、合計5回の講演会やセミナーを開催してくれたのですが、その間の想い出の写真をアルバムにしてプレゼントをしてくれました。

かっちん、素敵なプレゼントをありがとう!
僕の宝物です。


さて、翌日は、一路、高知の西のはずれ足摺岬近くの温泉リゾート「海癒」へ向かいます。

かっちん曰く「たった2泊で、高知の東のばすれ、北のはずれ、西のはずれへ行く人はいませんよ。高知人でもしない」と笑われたぐらいですが、愛する家内に高知の素晴らしさを知って欲しくて、運転も苦になりませんでした。



途中かっちんおススメのお結びと卵焼きを買って、車中で食べて、2時前には、大岐の浜「海癒」に到着して、オーナーのミツさんと奥さま、そして2人の子供たちと再会することができました。

海癒


ここの素晴らしいさの第一はなんと言ってもお風呂です。

源泉のお湯をさらに薪で温めて沸かしているんです。
薪の香りが染み込んだお湯が身体を奥底まで癒してくれるのです。
それをかけ流しにするという贅沢さです。

海癒のお風呂

低温の岩盤浴と、芝生の庭と海が見える縁側も素敵ですが、今回私がはまったのは水風呂でした。今まで入らなかったのですが、「天然水」という表示に惹かれて試しに入ったところ、もうやみつきになりました。天然水に触れて、身体中の細胞が喜んでいる感じがしたのです。

薪で焚いた源泉かけ流しのお風呂→低温岩盤浴→天然水の水風呂→沸かした麦茶を飲みながら縁側でくつろぐ。このパターンで3時間もお風呂に入っていました。

家内も同じように3時間を過ごしたらしく大喜びでした。



夕食は、料理上手な奥さまが料理した、地産地消のオーガニックの大皿料理(ミツさん曰く『誰が作っているか顔までわかるのがほとんど』)を、宿泊客全員で大きなテープルを囲んで食べます。

今回は、知らない人を第一印象だけで、他人が紹介をするという面白い試みをミツさんが提案し、みんなで夕食を楽しみました。


海癒の部屋
私のお気に入りの511号室(『名前はジャック』だそうです)


海癒からの景色
511号室から眺めた早朝の景色

大岐の浜
早朝の大岐の浜


さて、翌朝、美味しい朝食をいただいていると、ミツさんが「秘密の川でシュノ―ケリングしませんか?」と言うのです。前日は、大岐の浜の岩場で魚たちを見て楽しんでいたので、意外に思いましたが、お誘いを受けて行ってみることにいたしました。

秘密の川

一体どうやってミツさんはこの場所を発見したのでしょう。

誰もいない静かな川をシュノ―ケリングをしながら上流へと向います。
途中のポイントでは、小魚がたくさん泳いでいるのが見えます。

そして、突然水深が深くなり(ミツさんの話では水深8メートル)、巨大な鯉の群れが泳いでいるのです。
(残念なことに近視の私には裸眼だったので見えませんでしたが、家内は2回も鯉の群れを見たそうです)

秘密の川でのシュノ―ケリング


鯉が見えなくて後ろ髪が惹かれる思いでしたが、帰りの飛行機の時間もあるので、川を後にいたしました。


さて、この話には後日談があります。

横浜に戻って来てから2日後のことです。
いつものように朝の散歩に出かけました。

いつもは浅間神社を経由して、浅間台という丘に登って行くコースを散歩するのですが、その日は「港方面に歩きなさい」という声がしました。

じはらく港の方へ歩いて行くと、帷子川という川があり、橋がかかっています。その橋を渡っていると、橋の右側の川で、何か黒い影が動くのが見えたのです。

何だろうと欄干から覗き込むと、なんと70センチはあろうかという巨大な鯉が2匹悠々と泳いでいるではありませんか。

私の眼の錯覚かもしれませんが、鯉が微笑んでいるように見えたのです。


高知の川の鯉から横浜の川の鯉へ連絡があったのでしょうか。

「とんとんに姿を見せてやれ」と・・・。



I'm sorry. Please forgive me. Thank you. I love you.



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